子供にとっての「パパ」と「副業」
どうも、現在工場勤務サラリーマン、元ホームセンター店長の「はばたく」です。
今日は、僕が「パパ」として二人の娘と接していて僕の人生について考えたことを考えていきます。
僕は、娘が生まれる前も、今も「サラリーマン」です。
大学を卒業するころや新卒仕立ての頃に、今後の働き方を考えていたときには、
平日はバリバリ仕事をして同僚と飲みに行って、休日は家族と旅行に行って
とか、超昭和な価値観をもっていました。
そんな僕は、社会人として、一人の大人として社会に溶け込んでいくことに喜びを覚え、
本当に身を粉にして、ひたすら働いてきました。
そして、それを自分の生き方だと思っていました。
でも、子供と接する中で、少しずつこの考え方は変わりました。
まず、子供が生まれたことで、「転勤」はできないなと考えるようになりました。
ただ、このときも、正直しっかりと将来を考えての決断というよりは、
「みんなそう言うから」という基準で将来を見据えて
子供を育てるために転勤のない仕事に転職する
という決断をしました。
そこで僕は、転勤のない「工場勤務」という仕事を選び、転職しました。
しかし、それまで接客というお客様の反応をみれる環境から、完全な裏方の仕事へ
転職したことで、僕は仕事の喜びを失いました。
でも、実は僕の父も「工場勤務」をしていたので、
僕はそんな父の背中を思い出して仕事に誠実に取り組むこととしました。
やはりここでも僕は、昭和な価値観を捨てきれずに持っていたため、
身を粉にして、求められるがままに仕事をしてきました。
このころ、子供たちは、1人から2人へとなり家庭でも、父親としての
立場が板についてきていました。
でも、僕は、仕事に生活の比重を寄せていて、
家庭では休日しか子供の顔を見ない日もありました。
このころ、仕事では評価され、給料も仕事量もどんどん増えていきました。
そして気づきました。
「給料にたいして仕事量増えすぎじゃない?」
そうです。サラリーマンは、仕事をこなせばこなすほど仕事量は増えていきます。
そして、給料は基本的に年功序列が根強い日本では、そこまで増えません。
なんなら僕より仕事をしていない年配社員の方が僕より給料をもらっていたり、
同い年の仕事量の少ない社員と比べても年間で数十万円しか違わないという状況です。
結局サラリーマンは、雇われの身なのでいつまでたっても
本当の意味で報われることはないのです。
このころ本当の意味で僕の価値観は変わりました。
気づいたときには40歳を超えていました。
何者にもなれない僕は、ただただ雇われて、年をとって死んでいくんだ。そう気づきました。
しかし、「パパ」は違います。
子供にとって、世界に一人しかいない「パパ」なのです。
世のパパたちはみんななのか、僕だけなのか、わかりませんが、
僕は本当にゆっくり、ゆっくりと「パパ」になっていったと思っています。
毎日大きくなり、成長し、僕の知らないところでもどんどん吸収していく子供たち。
その子供たちは、特別な存在である「パパ」に全力で甘えてきてくれます。
その「甘え」に全力で答えることにより、パパとしての実力を少しずつつけてきました。
仕事と違うのは、見返りなんて一切必要ありません。
僕は、40歳を超えてから、パパとして生きていく覚悟を決めました。
だけど、仕事もやっぱり頑張りたい。自分の人生も切り開きたい。
そんな思いで僕は「副業」をしようと決めました。
2025年1月から始めた「独学」も今で1年が過ぎました。
これからも、つづく限り続けていきます。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
